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葦船で太平洋を渡るーー世界の辺境を旅した探検家の『軌跡と挑戦』

インタビュー探検家旅行系

本日のゲストは、砂漠、アラスカ、ジャングルと世界の辺境を旅してきた探検家の石川仁さんです。

今回のインタビューでは、現在取り組んでいる葦船プロジェクトにかける想いだけではなく、石川さんが探検家に到るまでの経緯についてもお伺いしました。サハラ砂漠の横断、アラスカのエスキモーとの生活、ジャングルの川下りなど、普段の生活では到底聞くこともできないような濃すぎるエピソードが満載です!

▼インタビューの様子 (Podcastもあります)

石川 仁 (Jin Ishikawa):
学生時代に旅に魅了されバックパッカーとなる。サハラ砂漠2700キロをラクダとともに歩いて横断。アラスカのエスキモーとクジラ漁をして生活。南米コロンビアのオリノコ川支流を丸木舟で800キロ川下り。南米チリからポリネシアのマルケサス諸島まで8000キロを葦船で航海。ワークショップなども含めて現在までに約200艇の葦船を製作。(社) ONE OCEAN代表理事。日本葦船協会代表。

葦船プロジェクトとは?

編集部:さっそくですが、今回やろうとしている葦船プロジェクトとは何ですか?

石川さん:葦船プロジェクトっていうのは、葦っていうスポンジ状の草を束ねて20メートルくらいの船を作って、それでアメリカ西海岸のサンディエゴからハワイかその先のマーシャル諸島、もう少しうまくいけばミクロネシアまで航海しようというプロジェクトなんだけど、実際どこに着くかは分からないんだ。

こんな感じの葦船で太平洋を渡る

今回の葦船プロジェクトの図解

編集部:分からないんですか?

石川さん:というのも、その時の状況にすごく左右される船で、後ろから風が吹けば前に進むけど、前から風が吹くとバックしちゃうから。だから人間がコントロールできるのは実際3割くらいかな。

編集部:風によると…

石川さん:そうそう。結局風が運ぶ船なので、人間はそれに寄り添って風が運んでくれるところに行くだけなの。それがどこの島かは分からないけど、海図もないような時代に船を出した人たちっていうのは、どこかに着けばいいっていう想いだけで船を出してたわけだから、その人たちに意識を同調させられたらいいなと思うね。

編集部:そう考えると、かなり興味深いプロジェクトですね!

石川さん:実は北米、南米、ミクロネシア、アジアなどには驚くほど類似した神話や生活習慣、古代の遺跡などが今も残ってるんだ。かつて一つだったかもしれない環太平洋にバラバラになりながらも残る古代から伝わる知恵。これらを葦船が繋げていたのであれば、それは面白いなと。

だから、先人たちがかつて葦船で通ったであろう道を辿って、そこで何を学んでどう考えたのかっていうのを乗組員たちがそのままレポートできれば良いなって思うね。あとは実際に葦のような草を束ねただけの船で何千キロも航海できるのかっていうのも調べてみたいなと。

編集部:そのあたりも検証したいと。ちなみに出航はいつ頃を予定されているんですか?

石川さん:2019年の秋口を考えています。ただ、それまでにスポンサーが集まれば、すぐにでも葦を刈り取って出航しようと思ってます。

ご支援に興味のある方は「太平洋航海計画へ、ご支援のお願い」をご覧下さい。

探検家になったきっかけ

編集部:探検家になったきっかけを教えてもらえますか?

石川さん:もともとは学生の旅人というかバックパッカーでした。初めてバックパックで旅したのがヨーロッパだったんですが、それがすごく楽しかったんです。それで、次はもうちょっと踏み込んでみようと考えていた時に、ヨーロッパで出会った旅人が「インドは良い」って言うもんだから、インドに行くかと。

編集部:たしかによくインドに行くと人生観が変わると聞きます。

石川さん:でも、バックパックの荷物が20キロくらいあったから減らそうと思って、着替えも学校の宿題もガイドブックもいらないって減らしていったら、最後は正露丸だけが残ったんです。だから、正露丸だけをポケットに入れて手ぶらでインドに行きました。

編集部:え、正露丸だけですか?(笑)

石川さん:いやお腹壊すと大変だからそれだけはもっていこうと(笑) それ以外は現地調達で何とかなるだろうと。極力先入観を持たないようにガイドブックも見ませんでした。なので、ニューデリーの空港に着くのは知ってたけど、それ以外はノープランっていう。

編集部:それは…(笑)

石川さん:インドに行くと人生観が変わるって言うけど、そういう出会いもあって、それからは「幸せな時間と空間はどうやって作られるのか」ということに疑問を持ち始めたんです。貧しい人たちが表情豊かに楽しく暮らしているのなら、一体その幸せはどこから来るんだと。それで、とりあえず文明から離れる旅をすることにして、次にアフリカに行きました。

編集部:どんどん辺境の地に行きますね(笑)

石川さん:アフリカでは自分の国を離れて4-5年の人、自転車で旅をしている人、山登り専門の人、ただ放浪の旅をしている人などすごくたくさんの旅人に出会いました。その時は学生の旅だったから、その疑問に答えるためにももう少し深い旅をしたいなと思って、色々と考えてたんです。

編集部:幸せはどこからくるのか…

石川さん:頭では「相手を幸せにすることが自分の幸せだ」って分かってるんだけど、それってすごく難しいことだし、そのためにもまずは自分が豊かにならなければいけない。

編集部:たしかに難しいことだと思います。

石川さん:結局「自分が十分幸せで溢れ出す何かがあれば、相手を幸せに出来るんじゃないか」って思って、そのためにも「生きてるだけで十分」っていうのを細胞レベルで知る必要があるなと思ったんです。それで、その時ハッて横を見たらゲストハウスに日本人が置いていった「サハラに死す」っていう本があって、「これだ!」と思ったんです。

編集部:まさかの(笑)

石川さん:それはサハラ砂漠をラクダで横断しようとして死んでしまった日本人の話なんですが、同じことをやって、もし生きて帰って来れたら「生きてるだけで十分だ!」って言えるんじゃないかと。

編集部:なるほど…

石川さん:それでその本を教科書にサハラ砂漠に行ったんです。そこでラクダを1頭買って、半年間で2700キロ歩きましたね。

編集部:え、半年間で2700キロ?とんでもない旅ですね(笑)

サハラ砂漠をラクダとともに歩いて横断した時の写真

アラスカそしてジャングルへ

石川さん:サハラ砂漠の横断はすごく深い旅で、インドに次ぐ自分の転機になりました。それまでは学校の先生になろうと思っていたので、サハラ砂漠から帰ったら教職を取ってそのまま先生になるつもりだったんだけど、何だか違うなと思って旅を続けることに決めたんです。ただ一応真面目なので、ちゃんと勉強して卒業はしました。

編集部:そこはちゃんとしてるんですね(笑) その次はどこに行ったんですか?

石川さん:砂漠が暑かったから今度はアラスカに行こうと、アラスカの北端にあるポイント・バローというマイナス40度くらいのところに行って、そこでエスキモーの人たちのクジラ漁を手伝ったり、アザラシの皮で一緒に船を作ったりしました。

編集部:砂漠とは真逆のところに行ったわけですね(笑)

石川さん:ただ、砂漠もアラスカも生き物が少なかったから、今度はジャングルに行こうということで、アマゾン川より少しマイナーなオリノコ川支流のメタ川 (Rio Meta) というところに行って、そこを丸木船で2ヶ月かけて800キロくらい下りました。

編集部:じゃあ釣りをしながらですか?

石川さん:そうそう、ピラニアを釣りながら。

編集部:え、ピラニアって食べれるんですか?(笑)

石川さん:小骨が多いから、天ぷらにすると食べやすいよ。

編集部:そのノウハウ(笑)

石川さん:餌は何でも良いからソーセージとかを釣り針に付けて、ぴょんって水に入れると、1秒後には釣れる。また釣ろうと後ろに振りかぶったら、今度は後ろで釣れてたとかもあったなー(笑)

編集部:入れ食いですね(笑) ジャングルでの川下りはどうでしたか?

石川さん:やっぱりジャングルにはジャングルの音っていうのがあって、人間だとオーケストラが色んな楽器を持ち寄って演奏するけど、ジャングルにもその自然バージョンがあって、何億もの生き物たちが奏でるメロディーは最高だったね。

編集部:自然のオーケストラ的な?

石川さん:そうそう。でも、人間がうるさくしてると不協和音になるから、毒グモとかに「うるさい、うるさい」って狙われたりするんだよ。

編集部:自然に溶け込まないといけないわけですね。

アンデス山脈で葦船に出会う

編集部:砂漠、アラスカ、ジャングルと来て、次はどこに行ったんですか?

石川さん:暑いところ、寒いところ、ジャングルと旅して、じゃあ他にどういうところが地球上にあるんだろうって思った時に、高いところ、特に3000メートル以上のところに住んでる人たちに会いたいなと思って、次はアンデス山脈に行ったね。

編集部:平地はもうクリアしたから高いところに行ったわけですね(笑)

石川さん:最初はクスコに住んで、マチュピチュとか、遺跡を巡る観光ガイドを2年くらいやったね。そこで高地民族とどうやって出会おうか悩んでた時に、砂漠ならラクダ、ジャングルなら丸木船みたいな現地の乗り物にこだわってたんだけど、そんな時にチチカカ湖にある葦船を見て「あ、これだ!」と思ったね。

編集部:そこで葦船に出会うと。

石川さん:ちなみにチチカカ湖ってどれくらい大きいか知ってる?

編集部:標高3800メートルだから、そんなに大きくない気がしますが…

石川さん:実は琵琶湖の12倍あるんだよ。

編集部:12倍!?

石川さん:ぐるっと周ると1000キロくらい。

編集部:え、そんなに大きいんですか!?(笑)

石川さん:そこで葦船の作り方を習って、ガイドの仲間や旅人たち5人で4ヶ月かけてチチカカ湖をぐるっと一周したね。それが葦船との出会いで、最初の航海かな。

編集部:写真とかないんですか?

石川さん:こんな感じでお祭り隊って言って、村々に行った時に手品とパントマイムと音楽を奏でる代わりに食べ物と寝るところを提供してもらうみたいな。葦船でやってくる旅芸人みたいな感じかな。

編集部:旅芸人(笑)

石川さん:その4ヶ月の間に船のロープが切れ始めたから、新しくロープを結び直してもらうために、葦船職人が集まる島に行ったんだ。そしたら、たまたまスペイン人の探検家がいて、職人さんたちと話してたんだよね。で、お互いに何をやっているか話してたら、なんと彼らは大きな葦船を作って太平洋を渡ろうとしてたんだ。

編集部:太平洋?(笑)

石川さん:彼はユネスコの文化大使で、民族移動の旅を検証するためにユネスコの公式プロジェクトとしてそれをやろうとしてたんだ。それでよくよく話を聞いてみると、ちょうど日本に向かおうとしていて、日本人のクルーを探してるからお前来ないかと(笑)

編集部:そんな運命的な出会いあります?(笑)

石川さん:それで是非乗りたいってなって、そこから今度は海に向かったの。だから、砂漠、アラスカ、ジャングル、山ときて、最後に海って感じだね。ちなみに中学も高校も新宿の歌舞伎町だったから、どんどん文明から離れてるね(笑)

太平洋横断に挑戦するも…

編集部:そのプロジェクトはどうなったんですか?

石川さん:最初はイースター島に行って、そこで一年くらい住んでたね。そこで葦の刈り取りをして船を作ったんだけど、誘われたにも関わらずなぜか俺はクルーに選ばれなかったんだ。イースター島の人が凄すぎて俺が圧倒されたっていうのもあったけど、いまいちアピールできなくて…

編集部:選抜があったわけですね。

石川さん:そうそう。だから最初はポリネシアの人たちだけでイースター島からオーストラリアに向けて出航したんだけど、結局3日後にマストが折れて、2週間後には船がバラバラになったらしい。

編集部:それどうなったんですか?

石川さん:救助が来て助かったみたいだけど、すごく大変だったらしいよ。それで今度は南米で船を作って日本に向かうってまた呼ばれたの。

編集部:懲りない人たちですね(笑)

石川さん:最初は「本当かよ?」みたいな感じだったけど、どうしてもお前が必要だって言われて参加したんだ。っていうのも前の時にイースター島の人たちとすごく揉めたみたいで、もっと中立なやつが必要だって。それでその時はこういう船を作ったね。

葦船を作る様子

出来上がった葦船は全長30メートルほど

編集部:おおー。

石川さん:30メートルくらいあるかな。

編集部:昔の海賊みたいな感じなんですね。

石川さん:まあスペイン人だからそれっぽくなっちゃった。

編集部:この航海はうまくいったんですか?

石川さん:結局着いたのが、マルケサス諸島だったんだよ。だから太平洋の横断はできなかった。

編集部:じゃあ途中くらいだったわけですね。

石川さん:そうそう。実はこの後に大西洋の横断にも挑戦したんだけど、それも大西洋の途中の島で終わってしまって。。。なので、そのあと日本に帰ってきて日本でプロジェクトを立ち上げたんだ。その時は17メートルくらいの葦船を作って、それで高知県から伊豆諸島まで13日間かけて1000キロくらい航海したね。

編集部:それは行ったんですか?

石川さん:行った行った。

編集部:まさに探検家ですね(笑)

葦船の作成風景

船が半分に割れた?サメドン?

編集部:ちなみに、途中でトラブルとかってないんですか?

石川さん:いや、あるよね。太平洋を横断しようとした時は船が半分に割れたよ。まあトラブルどころじゃないけど(笑)

編集部:え、タイタニックみたいな感じですか?(笑)

石川さん:ああいう風にバキッと折れたんじゃなくて、じわじわと前と後ろに別れたって感じかな。1日目にロープが切れ始めて、次の日は10本、その次の日は40本みたいな感じでどんどん切れ続けて…

ロープが切れた時の様子

編集部:それやばくないですか?(笑)

石川さん:この藺草 (いぐさ) の仲間って水を吸うと膨張するっていう特徴があるから、ぐっと縛っておくと濡れた部分が膨張して膨らむのね。そうすると隣同士の隙間がなくなってぴったりするから、逆に水が入りにくくなる。でも、ずっと膨らみ続けるとある日プツッと切れちゃうんだ。一度切れるとそこから水がもっと入るから、もっと膨らむと。

編集部:じゃあ原理的には一度切れ始めたらどうしようもないと?

石川さん:だから、ロープが切れたら、シュノーケルで潜って切れたところを新しいロープで結ぶの。でも葦船の周りってサメとかも泳いでるから、新しいロープを結ぶ時はサメと戦いながら潜るんだよ。っていうのも釣って食べた魚の血とか内臓を捨ててるから。

ロープが切れたら新たなロープで結び直す

編集部:それ危なくないですか?(笑)

石川さん:俺と先輩が潜ってる時に1回アタックされて、100メートルくらい先にサメがいると思った数秒後には先輩の目の前にサメが来てて、それでその先輩が手を重ねてドンって突き返したの(笑)

編集部:反撃したんですか?(笑)

石川さん:これが今流行りのサメドンね(笑)

編集部:サメドンはされたことないですね(笑)

石川さん:まあそういうことがあって、船が半分になっちゃって。

編集部:それはどうなったんですか?

石川さん:みんなで話し合った結果、もうどうしようもないねってことで、そこからは漂流したね。船の後ろ半分だけになって、そこに1本だけマストが残ってたから、おしりに付いてた舵を切り取って反対側に付け変えて、後ろを前にして進んでた。そしたら、翌朝起きたら「大変だ、舵がないぞ!」って(笑)

編集部:やばいやばい(笑) そういう時って「死ぬかもしれない」とは思わないんですか?

石川さん:そう思ってる人もいて、そういう人は寝込んでたね。俺も多少はあったけど、それでも直さなくちゃいけないから俺はとにかくそれに集中してた。集中すれば何とかなるから。それで結局1000キロくらい漂流して、一番近い島に着いたんだよね。

編集部:その状態で1000キロ?もうエピソードが濃すぎです(笑) 今回の葦船プロジェクトではそういったトラブルがないように祈るしかないですね。

メッセージ

編集部:では最後に何かに挑戦したいと思っている方に探検家の石川さんからメッセージを頂けませんか?

石川さん:僕は葦船から学ぶことがすごく多いんだけど、特に葦船の航海は頑張ったからって前に進むわけじゃないんだ。逆に頑張らなくても良い風さえ吹いていれば昼寝してても進む。だから「風に乗る」っていうのが僕のメッセージかな。

編集部:一喜一憂せずにですね。

石川さん:やっぱりどんなに頑張っても上手くいかない時はあるからさ。そこはすごく海と似てて、そういう時は帆を降ろして体を休めたり次のための準備をする。それで、良い風が吹いたら思い切って帆をあげて進むと。結局、風が吹いてない時に頑張っても勿体無いからね。

編集部:間違いないですね。

石川さん:その一番の風っていうのは自分の心の中に吹く風だと思うから、自分がやりたくなったら思い切って帆を上げれば良い。そういう時は本当にふわっと進むから。逆に躊躇する時っていうのは自分に風が吹いてない時だと思うから、そういう時はじっくり構えれば良いと思う。必ず次のやりたいタイミングが来るはずだから無理して出発することはない。

編集部:探検家ならではのメッセージですね。石川さん、本日はどうもありがとうございました!

まとめ

本日は、砂漠、アラスカ、ジャングルと世界の辺境を旅してきた探検家の石川仁さんにインタビューしました。古代から伝わる先人たちの知恵や想いを葦船を通して現代に繋げようと挑戦する石川さんからは、人と人との繋がりが希薄化する現代社会だからこそ忘れてはならない大切なものを教えられたように思います。僕も石川さんのような冒険心を持って人生を歩んでいきたいと思います!

葦船プロジェクトに興味のある方は「石川仁オフィシャルサイト」をご覧下さい。

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(書き起こし協力: 藤本沙織/撮影協力: 西林杏奈)